美耳誕生日おめでとう!
SSてきなもの。キモいよ(私が)! ごめん!

ようやくのびてきたとは言え、三月の日が落ちるのは早い。
タキシードの青年が、抱えあげていたエプロンドレスの少女を降ろしたのはうすい夕闇の中だった。
「ごめんね、ダミアン様」
少女はうつむいたまま、蚊の鳴くような声で呟いた。
「エエって。そんな気にせんでも」
ダミアンと呼ばれた青年は、少女の頭をなでた。しおれたようにたれる大きな耳を、愛しげにかるく引っ張る。
「なにするのー」
声にはまだ覇気がないが、ともかく少女は青年を見上げた。青年は微笑みをうかべたまま。
「……ごめん、ね」
少女は青年のジャケットのすそを握り締めた。
「ごめんね。
 ごめんねダミアン様」
愛らしい顔をゆがめ、大きな目には涙を浮かべ。
「ごめんね」
腹に顔を押し付けるようにして、少女は青年にしがみつく。
「楽しかったの。
 すごくすごく楽しかったの。一日中一緒にいられて本当に楽しかったの。
 ケーキ美味しかった。また一緒に食べたい。あと、また水族館行きたい。それから、ただ一緒にいるだけで」
青年の手が、少女の柔らかな髪をなでる。すこしクセのある髪が、青年の手に絡みついた。
「本当に楽しかったの……」
日差しが消えるととたんに肌寒くなる。くっついたところだけがあたたかい。
「ごめんな、美耳」
ダミアンは口を開いた。頭をなでる手は休めない。
「俺も楽しくて、つい連れまわして。
 疲れさせたな」
美耳はかぶりをふった。
「ごめんね……」
「ごめんな。
 今度はもっと楽しくするから」
美耳は顔を上げ、もう一度首を横に振る。
「本当に楽しかったの! 今度は疲れないようにするから」
「うん。今度は疲れさせないようにするから」
しばしの視線の交錯の後、美耳は再びぎゅう、とダミアンを抱きしめた。
「……門限や。
 さ、美耳。中はいらんと」
促す声に逆らって、美耳は腕に力をこめる。
「美耳」
穏かに、しかしわずかに強く繰り返す。
「美耳」
しぶしぶ美耳は腕を緩める。ダミアンはその腕を取り、するりと抜け出た。
両手をつないだまま、美耳は動かない。ダミアンがみたび口をひらこうとしたとき、唐突に言った。
「ダミアン様、プレゼントほしい」
じっ、と恋人を見据え、ぶっきらぼうとも取れるような口調で。
ダミアンは首をかしげた。
「何がほしいねん」
美耳は口をつぐむと、目を閉じ、顎を上げた。
「……美耳」
当惑の色をにじませるダミアンに、しかし美耳は応えない。黙ったまま、じっと待っている。
逡巡。
ダミアンの手が、美耳の頬をなでた。顎に沿って長い指をはわせ、親指で引き結ばれた唇をなでる。美耳はわずかに身じろいだ。身をかがめたダミアンの顔が美耳の顔に近づき――
美耳はぱっ、と目を開けた。迷わず顔を左へ向ける。
頬に届くはずだった唇が、相手の唇に触れたことに気づき、今度はダミアンが目を見開いた。美耳の手はしっかりとダミアンの肩を握っている。
触れるだけのキスは、たっぷり5秒は続いただろうか。
ふいに美耳が離れ、きびすを返し、門の中に駆け込んで。
スカートを翻して、恋人の方を振り向いた。
「またね、ダミアン様!」
満面の笑顔を見せ、ぱたぱたと走っていった。
のこされたダミアンは、ほうけた顔で立ち尽くし――
「やられた」
頬を染め、呟いた。